| 2008年11月10日(月) |
| クリスマスえっぐアート教室 |
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ホームセンタームサシさんで、クリスマスえっぐアート教室
を開かせていただいた。
今回で4日目になる。
今回も、初めてのお客様とたくさんの出会いとふれあいを
楽しませていただいた。
えっぐを通して、「今度はどんな方とどんな出会いが待っているか}
とても楽しみなひとときに思う。
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| 2008年11月8日(土) |
| うれしいお客様 |
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山形からわが家を訪ねてきてくださったご夫婦と楽しいひとときを
過させていただいた。
実は、このお客様とは今日が初対面なのです。
メールで、私のえっぐ工房を見ていてくださって、私のホームページ
に記載されている情報を頼りに、電話番号を調べて、カーナビで
わが家まで、遊びに来てくださったのだ。
はじめてお会いしたと思えないくらい、和やかにそして、楽しい時間
を過ごす事が出来たのは、このご夫婦の暖かいお人柄と、私の
えっぐを心から誉めてくれる思いやりに私も、うれしくて感謝いっぱい
の気持になりました。
私も、人様のすばらしいものに触れた時に、訪ねていけるように
なりたい、と思わせて頂きました。
この出会いに心から感謝をしたいと思います。
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| 2008年10月19日(日) |
| エッグアート教室「ふくろうを作ろう」 |
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ホームセンタームサシさんで、「ふくろうを作ろう」のイベントを企画させていただいた。ムサシさんが6月にオープンしてから、3回目の教室である。
参加者が15名ぐらいでしたが、いつも思うのですが、皆さんの作品がそれぞれ個性豊かで、同じふくろうでも、味のある作品に仕上がりました。
時間が過ぎてから、ご夫婦がやってきて、飼っている黒猫と三毛猫をたまごに書きたいという事で特別私も手伝って作り上げた。
捨て猫を育てて今では、大切な家族の一員との事。
ねずみも一匹追加で描いて完成させてから、ふたりでじっくりながめて、本当にうれしそうな顔をして帰っていきました。
私もうれしくなりました。
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| 2008年10月1日(水) |
| 名取市市制50周年記念式典 |
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10月1日は、名取市が市制50周年を迎えた記念すべき日であった。
その記念日に、光栄にも、えっぐクラフトが、「これからも名取市民賞」を頂いた。
ただ、40数年たまごに絵を描いてきただけなのに、いつの間にか、社会に認知される様になった事、ただただ感謝である。
これからも、ますます研鑽を重ね人に喜んでもらえるような作品を作っていこうと思わせていただきました。
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| 2008年9月28日(日) |
| 家族 |
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突然、東京暮らしの長女が帰ってきた。
ニュージーランドから、今年の5月に日本へ帰ってから、東京でアルバイトしながら就職活動していたのだが、5ケ月目にしてようやく就職先が決まったのでその報告と、来年大学受験する次男へ、エールを送る為やってきたのだ。
たくさんの話題と、たくさんの笑いをいっぱいおいて、元気いっぱいにまた東京に戻っていった。
この家族も、いつの間にか、ひとり、またひとりと、わが家から巣立っていくのだろうか?
元気に、みんなに愛される人でいてほしい!
見送りながら、手を振った。 そんな、願いを込めて。
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| 2008年9月22日(日) |
| ハロウィン エッグアート教室 |
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ホームセンタームサシさんで、2回目のエッグアート教室を開かせていただいた。前回は7月に「七夕エッグアート教室」を開かせていただいたが、ムサシさんが開店したばかりでお客さんの数もたくさんの方が入場されていたので、2日間の開催中、35名の参加者があったので、とても、手ごたえがあった。
今回は、はたしてどうだろうか?と思いながら、ふたを開けてみたら、22日(日)の1日だけで、親子での参加者が16名ぐらいとまずまずの、人数で、うれしく思った。
子供さんたちの、何にでも挑戦する意欲が、お母さん達を動かし、親子で作る事につながって行くようです。
作り終わった後の「笑顔」 みなさん、うれしそうに、作品を手に持ってお帰りになる姿を見ていると本当にうれしくなる。
みなさん、参加してくれてありがとう!心から、感謝の気持がわいてきます。
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| 2008年8月19日(火) |
| ふるさと |
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お盆の13日14日に秋田のふるさとに帰って来た。
実家のすぐ隣りは神社になっている。
みんなで記念写真を撮った。
この神社の境内で、子供の頃、よく野球を遊んで暗くなるまで夢中で過したものだ。
夏休みになると、町内の子供達とラジオ体操をして、スイカを食べて、花火をして、この神社はほんとうに、思い出がいっぱい詰まったふるさとの原点の場所なのかも知れない。
社会人になり、ふるさとに帰るたびに、今は亡き母が神社で友達と遊んでいる私の姿をみて、家の縁側からうれしそうに笑って見ていた姿が思い出される。 いつの間にか甥達にも子供が出来て元気に成長している。
お陰様で今も元気でみんな頑張っているよ。
お墓参りして、亡き父や母、そして先祖の皆様にそっと手を合わせていたら、感謝の思いがふつふつとわいてきたひと時であった。
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| 2008年8月7日(木) |
| 仙台七夕まつり |
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今日は8月7日 仙台七夕の真っ最中である。
会社の帰りに中央通りを通ってひさしぶりに七夕見物にぶらり。...
色とりどりに豪華に飾られた七夕をひとり眺めながら、ふと思った。
秋田の田舎から出てきた今から、およそ、40年前、仙台七夕を驚きと感動で見たあの頃。
あれから、何回の夏を迎え、この七夕を見てきただろうか?
社会人になり、会社の同僚と見た七夕、やがて彼女が出来て手をつないでながめた七夕、結婚して子供が生まれ家族でながめた七夕、そしていつの間にか、50歳も後半に差し掛かって会社の帰り一人で見る七夕。
いつの間にか、あの感動が消えてしまった事に、ちょっぴり淋しく思う。
自分も、えっぐクラフトを通して人様に感動を与えるようなものを果たして作っているだろうか?
何回見ていただいても、新鮮な発見があって、喜んでもらえるようなそんな作品を、心を込めて作らねばと思わせられたひとときであった。
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| 2008年7月23日(水) |
| 心に灯をともす |
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むし暑い夜なので、外に散歩に出てみた。
わが家は、すぐ側に、川が流れている。
主に農業用水路として活用されているあまり大きくない川だ。
先日、勝手口でトンボの孵化を見る事が出来たばかりだが今夜は、ドアを開けてすぐの所になんと、ほたるが一匹明りを灯しているではありませんか!
「わー!ほたるがわが家の側にいるぞう!」思わず叫んでしまった。
妻が言いました。「お父さんは本当に感激家さんなんだから、単にここの場所は田舎だってことを証明しているようなものよね。
いいじゃないか、田舎だろうがなんだろうが、とにかくほたるが飛ぶそばで生活している事、幸せだよなあと思った。
今、世の中は、なげかわしい事件が毎日のように起きている。
ほたるは、なにか忘れているものを呼び戻してくれる存在である。
そう、心にも灯をともしてくれているのだ。
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| 2008年7月15日(火) |
| エッグアート教室を終えて |
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7月12日(土)、13日(日)にオープンしたばかりの「ホームセンタームサシ」さんの店内で「エッグアート教室」を開催させて頂きました。
通りがかりのお客様を対象に行われたイベントで、しかも800円と言う参加費を頂いて行われた教室でしたのではたしてどのぐらい参加してくれるだろうか?と不安でしたが終わってみれば35名というたくさんの方々が参加してすばらしい作品を作ってくれました。
「自分の好きな事で社会に喜んでもらえるようになりたい」そんな思いが少しずつ叶えそうなとても充実した時間を過させて頂いた。
なによりも、参加して下さった方の笑顔を見る事が出来たこと、ほんとうにうれしく思う。
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| 2008年7月1日(火) |
| 大空へはばたけ!トンボちゃん |
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昨日わが家の勝手口で勝手に孵化したトンボのさなぎが、みごとに脱皮を図って、飛んでいったのかと思いきや、そのままとどまっていた。その姿はまるで、今まで自分を包み込んでいた抜け殻を感慨深く見守っているかのようだった。
さあ、トンボよ、思いっきり大空へ飛びたて!とつぶやいた私であった。
まるで、自分の心に言い聞かせるように。...
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| 2008年6月30日(月) |
| 脱皮をはかったトンボ、殻を破りたい自分 |
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朝、会社に出かける時に、勝手口のところに、トンボが今まさに孵化する瞬間だった。
これは、朝から縁起のいいものを見せてもらった、と思い、すかさずデジカメでパチリ!
「勝手に脱皮」...なんか、語呂合わせもいいし、本当にうれしい出来事が起こりそうな予感がしてきた。
私自身も、この辺で脱皮して、殻をやぶってひとまわり大きくなりたいな、と思わせていただいた。
たまごの殻だけは、いつも破っているのだが、自分の殻はなかなか破れないでいる。
今日は、6月30日、今年も半年が過ぎた。明日から本当の意味で脱皮を図って生きていきたい。
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| 2008年5月11日(日) |
| いちごいちえ |
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今日は母の日です。
亡き母との思いでがよみがえって来た。
それは、食道癌で入院していた母が、最初は少しずつだがくだものや、おかゆなどを食べる事が出来たのだがだんだんそれも出来なくなり、点滴だけの入院生活を余儀なくされるようになった。
秋田の病院に入院していた為、仙台にいる私は月に一度ぐらいしかお見舞いに行くことが出来なかった。何とかして母に喜んでもらおうと考えた私は、いちごの絵を母のもとに送った。
いちごの一枚の絵、すなわち「いちご一絵」を絵手紙にしたためて病院に送ったのがちょうど、5月の母の日の頃であった。
その後、季節に合わせて様々な絵手紙を送り続けていた。半年の命とお医者さんから宣告されていた母であったが、一年ぐらい頑張ってくれた。
母が旅立った後、甥が言ってくれた一言で一枚一枚のはがきの重さを知りました。
「おばあちゃんが、おじさんの絵手紙が届くたびに涙を流して見ていたんだよ」
ていねいにはがきファイルにつづられた絵手紙はいつの間にか50枚になっていました。
「いちごいちえ」 人との出会いを大切にしなよ、 母がそう言っているような気がする。
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| 2008年4月13日(日) |
| 愛の銀行預金 |
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愛の銀行に預金をすることにした。
預金するのは、お金ではなく、「感動」と言う貯金です。
どこの銀行へ? もちろん「愛の銀行」へ
感動を味わうたびに貯金をしていくと、「笑顔」という利子がついてきます。
「笑顔」はやがて、「ありがとう」と言う複利に変ります。
「ありがとう」の複利はやがて、「感謝」と言う定期預金に変ります。
「感謝」と言う定期預金はまた、次の感動を呼んでくれます。
365日、これを繰り返しているうちに、愛の銀行の頭取から特別な切符をプレゼントされます。
その切符には何やら、印刷されていました。
この切符は「幸せ行き」... ですと。
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| 2008年3月9日(日) |
| 掃除をするとツクようになった話 |
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今日は、とても気持ちの良い天気で、朝から絶好の掃除日和になった。
トイレ掃除から、部屋全体をきれいにかたずけて、ひと通り終った後に普段掃除しない所もやって見る事にした。
いつも、洗面台の上の電気のつくのが遅くて、前から困っていた。何しろ、スイッチを入れてからつくまでに1分以上もかかっていたのだ。
蛍光灯のカバーをはずして、ていねいに掃除した。そしたら、なんと、瞬間で電気がつく様になったのだ。
長年つきが遅くて困っていたことがたちまち解消したのだ。
さらに、ファンヒーターの点灯が遅くてこれも、掃除をして、すぐつくようになった。
妻曰く、「やっぱり掃除をするとつくようになるんだね!」
私は、言いました。「それって、名言だな!掃除をするとツクようになる」
いつも愛読している小林正観さんの本のとおりだなと実感したひとときであった。
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| 2008年2月21日(木) |
| たまごと孫 |
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孫の顔がたまごに収まった。
これは、私の花巻の特殊印刷会社を経営する友人がわが家に遊びに来てくれた時にお土産として制作してくれた物である。
孫の顔がたまごの表面に印刷されて、とても面白いアイデアで思わず、笑ってしまった。
先日、長男夫婦が孫を連れてわが家に遊びに来た時に、まっさきにこの卵に収められたわが子の写真を見つけて二人で大爆笑していました。
卵に収まったわが孫に、私はつぶやきました。卵のようにまるく収まる人生でありますように、って。
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| 2008年1月24日(木) |
| 愛してまチュウ |
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ふと、思い立って、バレンタインに向けて、「愛してまチュウ」を作ってみた。
今年はねずみ年、小さなねずみさんの愛のささやきを、形にしてみたら面白いのではないか?と思い立ってさっそく作ってみた。うずらのたまごで作った作品はとてもかわいらしく思わず自分でもほほ笑んでしまった。日ごろ、なかなか言えない言葉でも洒落にしてしまえば、すらすらと口に出来るのではないかと思う。もちろん作品を添えてである。
さっそく、たくさんの友人知人から、依頼をいただいた。手にした方は必ず、笑ってくれる。それが何よりうれしい。
「愛がよみがえる」の時の かえるさんの相合傘の作品の時以来のヒット商品になりそうだ。
今年も、洒落とユーモアを作品にいっぱい盛り込んで人に喜んでもらえるような制作をして行きたい。
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| 2008年1月15日(火) |
| 感謝預金 |
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1月4日 今年の御用始めの日に、駅に向う途中、1円玉が道路に落ちていた。
ちょっと急いでいたので、そのまま通り過ぎた。 夜になって仕事を終えて帰宅途中、街灯に照らされて光るものが歩道に落ちていた。
良く見ると、朝に通った時に落ちていた1円玉であった。 結局誰にも拾われないで夜になってしまったらしい。
そっと、1円玉を拾ってポケットに入れて持ってきた。そして、思い立ったのだ。この1円玉を神棚に供えて、1からスタートして、今年はお金を貯めよう!と。
そして、ただ貯めるのでは芸がないと思った。 一日のうちで、うれしい出来事や、感謝する出来事に出会ったら、ありがとうの思いを込めてお金を供えようと思う。
1回の感謝に付き、100円の預金をする事に決めた。 差し当たり今日は、感謝する事が5回あったので500円預金をした。
タンス預金ならぬ、神棚預金、いや、「感謝預金」と名づける事にした。
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| 2008年1月1日(火) |
| 年の始めに |
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今年も新しい年が明けた。
十二支の中では、スタート地点に立つ干支「子年」こなった。
これまでも何度も気持を新たにして年の始めに誓いを立ててきた。
今年は、実現できる事のみ目標にしたいと思う。
今年の私の目標は、アトリエを作る事です。これまでの6畳一間のアトリエは、制作場所も作品展示も同じ場所で行ってきたが、展示ルームをぜひ新たに作りたいと言う思いが昨年から沸いてきていました。
そんなに大きくなくてもいいjから、作品展示専門の部屋が出来ることにより、たくさんの人達が遊びに来ていただければいいな、と思うのです。
まわりには木や花を植えて、小さな畑を作って、夏にはとれたてのとうもろこしや枝豆をつまみにして、昼間からビールを飲んで、小鳥のさえずりを聞きながら、えっぐの制作にいそしむ、...あー、ぜひ、今年こそ、そんなささやかな夢を実現したいと思う。新しい年の始めの思いであった。
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| 2007年12月27日(木) |
| 感動のお酒 |
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12月も押し迫ってきました。忘年会で午前様で帰ってしまった。
今日は、反省しなければならない。最終電車で帰ってきたのに、迎えに来ているはずの妻がまだ駅に来ていなかった。こんなに遅くに迎えに来るのだからさぞ大変だろうと、申し訳ない気持で待っていた。
ところが、10分近く待っても来ないので思わず電話を入れてしまった。 まもなく、到着した妻に私は、不満を言ってしまった。10分も待っていたんだぞって。...
こんなに遅くに帰ってくる自分が悪いのに、思わず、自分の思いだけをぶつけてしまっていた。
当然、妻も面白くないと思う。深夜に迎えに行った挙句の果てに、怒られたのだから。
わが家に帰ってきたら、そこには感動のお酒が待っていました。
気仙沼市に住んでいた頃お世話になったお酒屋さんの奥様から、感動ラベルのお酒が届いていたのだ。
私の為に、すばらしいオリジナルのお酒のラベルを書いて、毛筆の手紙を添えて送ってくださったのだ。
感動したとともに、感謝の心がふつふつとわいて来ました。私も,もっともっとえっぐの作品で人様に感動していただける作品作りに頑張らなければならないと思ったひとときであった。ご商売がきびしい昨今にあって人の心に灯をともす真心にふれた時それがまわりにも伝わって行くんだろうなそして、このお店にはいつも、ファンがいっぱいいるんだろうなと思いました。
そして、妻にも心から感謝の足りない自分を、そっと詫びました。妻へ、ごめんね、そして、ありがとう!
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| 2007年11月24日(土) |
| ねずみのお嫁入り |
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11月も下旬になったと言うのに、今日はとてもうららかな一日だった。
お日様があたる場所に、テーブルを置いて、外でねずみさんたちの制作にとりかかった。
これまで、作っておいた分を合わせて40匹ほどのねずみさん達が完成した。
次女が窓から顔を出して、ずいぶんいっぱいのねずみだらけだな、と言った。
22歳になる次女の顔を見ながら、「このねずみさん達も、そのうち、みんなお嫁さんになって行くんだよな、ねずみの嫁入りだよ」
次女いわく、あんまし面白くない親父ギャグだね、 と。
私も、娘だけはたまごのねずみさんをあげるようには行かないと思った。
家族を大切にする素敵な旦那さんとめぐり会い、幸せな家庭を作ってほしい。と まだ結婚も決まっていない娘の事をちょっぴり考えたひと時であった。
娘は、友達との遊びにむチュウ。私は相変わらず、たまごのねずみの制作にむチュウ。うららかな日差しが刺す初冬の午後のひと時であった。
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| 2007年11月24日(土) |
| 愛のかけら |
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台所から 「ガチャーン!」と大きな音がしました。
おそらく、皿をしまおうとしていた妻が手をすべらせてこわしてしまったんだろう?
と思っていました。 次の瞬間 「お父さん ごめーん」 と妻が謝るのです。
「何こわしたの?」と行って見ると、そこには私の愛用している にわとりのイラストが入ったおきに入りのマグカップが散乱しているではありませんか?
よりによって何で俺のマグカップなんだよと、と一瞬ムッとしましたが、出てくる言葉をぐっとこらえて言いました。
「いいよ、いいよ、マグカップがこわれた事ぐらい、僕達の愛がこわれた訳じゃないから...」
「さ、ふたりで 愛のかけらを拾おうじゃないか!」 我ながら出たー 名文句!
妻は、目を右と左に交互に寄せながら、シラーっとした顔で私を見ていました。
言葉にしないまでも、「また始まった」と思っているようでした。
愛のかけらは、掃除機に吸い寄せられそこには、ふたりの会話の余韻だけが残っていました。
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| 2007年11月6日(火) |
| ねずみちゃん達を作ってみました。 |
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今年も年賀状が発売されました。1年の過ぎるのが本当に早く感じる。
油断しているとあっという間に今年も、年の瀬を迎えてしまう事だろう。
来年の「干支」ねずみちゃんをデザインしてみた。横の形にすると、よりリアルになるのだが、かわいらしさは縦のねずみちゃんのようである。
いずれにしても、お好みに応じて、たくさんの制作活動に取り組みたいと思う。
今年も、あの方にも、あの方にも差し上げたい。そして、あの方の笑顔を見るのが楽しみに思う。
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| 2007年10月26日(金) |
| 二つのプレゼント |
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10月26日(金) 今日は、私の57回目の誕生日です。
誕生日に、あわせて私には何よりのプレゼントが届いた。
1つは、孫の「海斗」の誕生である。私と同じ10月生まれ、そして、何よりもおだやかな顔をしていて、きっと、人に対してやさしい人間になる予感がするのだ。
私は、いつも思う、人を傷つけても気がつかないで生きている人がいっぱいいるこの世の中で、人の痛みの分かる人間になって欲しい!と願うのです。
もう一つのプレゼントは、まったくサプライズであった。
ニュージーランドに留学している長女からの電話であった。
いきなり、「誕生日おめでとう!」のコールでした。最初誰からかかってきたか分からなかった。
それが、長女からの電話であると言う事がわかって、心がたちまちハッピーになった。
長女は、この5月長男の結婚式が終った次の日、一人で、前から決めていた海外留学に旅立ったのだ。
最初、フィリピンで5ヶ月ほど、過し今は、ニュージーランドに英語の資格を獲得するために勉強しにいっている。
長女の電話は私の誕生日のお祝い電話であった。「お父さん誕生日おめでとう!そして本当にありがとう!」 とても元気な声だったので私もうれしかった。
「何もプレゼントあげられなくてごめんね!」と言っていた。
私にとって、長女が元気に海外でがんばっている事、目的を持って生きている事、そして、何よりも「感謝の気持を忘れないでいる事」が何よりの誕生日プレゼントだと思った.
亜由美、本当にありがとう!そして、お父さん、お母さんに私達が経験できない事の、世界を体験してくれて、ありがとう!
誕生日 ありがとう! ... そんなすばらしい気持にさせて頂いたひとときであった。
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| 2007年10月21日(日) |
| 村田の陶器市に行ってきました |
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蔵の町 蔵王のふもとにある村田町に妻と行ってきました。
天気にも恵まれて、たくさんのファンでいっぱいで、はじめての風景にエキゾチックな雰囲気を味わってしばし、目の保養をしてきました。
全国の窯元68の陶芸家が集って、個性豊かなすばらしい作品が約1kに渡ってそれぞれの蔵の中に並べられ、みごととしか言いようのない眺めであった。
孫の海斗が無事生まれた後なので心がとてもおだやかで、ゆったりと眺めることができた。
こうして、私も妻も、正真正銘のおじいちゃん、おばあちゃんになっていくのだろうな?と思った。
夕方、いてもたってもいられなくてまた、海斗がいる多賀城の病院に駆けつけたおじいちゃんとおばあちゃんであった。
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| 2007年10月19日(金) |
| 海斗誕生 |
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長男の赤ちゃんが誕生した。すなわち私達の初孫が誕生したのだ。
10月17日の予定が、19日まで延びて、長男のお嫁さんは、ずいぶん産むのに大変な思いをしたようだ。
ようこそ、海斗君 あなたの事をみんなが待っていました。
海斗の名前は、生まれる前から長男夫婦が付けていたのだが、サーフィンの大好きな長男らしく、海の字を一字入れたのだそうだ。
私は、海にちなんだ名前なら、「波平さん」がいいのではないかと提案していたのだが、それって、サザエさんちのお父さんの名前ではないかと言って却下されました。
健康ですくすくと育って欲しい。そして、いつか愛する人と出会ってすばらしい人生を築いて欲しい、とおじいちゃんは先のことまで考えてしまったひとときであった。
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| 2007年10月8日(月) |
| 地上最強の商人 との出会い |
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10月6日(土)岩手の友人の情報によって、「本のすすめの会」に参加してきました。
エルパーク仙台で行われたこのセミナーには、2万部のメルマガの発行部数をほこる、「本のソムリエさん」と「まず人を喜ばせてみよう」の著者「清水克衛」氏の講演会も兼ねて行われたイベントでした。
すばらしい講演の中身で参加して良かったと思いました。
さらに参加して良かったと思う出来事が目の前にやって来ました。
参加者が40名ぐらいいましたが、この会の素敵な事はお互いに、持ち寄った自分の気に入っている本を交換会でプレゼントすると言うイベントがあると言う事でした。
音楽をかけて止まった所に持っている本が自分と出会う本なのですが、本日の目玉は何と言っても「本のソムリエさん」が持ってきてくれた「地上最強の商人」と言う本で定価が10100円、もちろん新品です。
私はぜひほしーい!と心の中で叫んでおりました。
さあ、いよいよ音楽スタートです。その本は私に回ってくるにはかなり遠くにありました。
音楽が止まりました。あー!やっぱりだめだったか?私のところに来るまでには半分ぐらいでした。
司会者の方が言いました。 ただ今のは練習でーす。 では本番でーす。
ふたたび、音楽がスタートしました。他の皆さんもその本の行方を注目していました。
音楽が止まりました。その本は...
私の4、5人前で止まってしまいました。 万事休す そう思った時です。
輪の中で一人2冊手にしている方がいて、1冊も手にしていない方もいたのです。
そこで、もう1回だけ、音楽がスタートしたのです。 今度はすぐ音楽が止まりました。
私のところに来た本はずっすりと重い本でした。
良く見ると、な、な、なんと 「地上最強の商人」を私は持っているではありませんか!
やったー!その本を高らかに掲げて皆さんから拍手をいただきました。
「本のソムリエさん」に御礼のご挨拶をしたら 「あなたはツイていますね」と言ってくれました。
私もそう思いました。この本との出会いは何か運命的なものを感じてならないのです。
この出会いを大切にして、この本の一節一節を心に刻みながら読んで、物にしていきたいと思いました。
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| 2007年9月17日(月) |
| ありがとう |
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今日は、敬老の日です。敬老にちなんでちょっとしたエピソードをお話したいと思います。
先日、会社の勤務を終えて、電車に乗っていつもの駅に降りようとした時です。
電車のドアが開いているのに乗客が降りないのです。
良く見るとおばあちゃんが手押し車で降りようとして、車が隙間に挟まったらしく、降りるに降りられない状態になっていました。
すぐ後ろにいた50歳代の壮年の方がおばあちゃんに声をかけて、手押し車を持ち上げてホームに出してくれました。
おばあちゃんはほっとした様子で「ありがとう」とお礼を言いました。
その壮年の方は「どっちに行くの?」っておばあちゃんに声をかけました。
おばあちゃんは「本当は西口に家があるんだけど階段の昇り降りが出来ないから東口からぐるっとまわって家さ帰るのっしゃ」と言いいました。
その話を聞いていた私はとっさにおばあちゃんに言いました。
「荷物運んであげるから西口から降りよう!」って。
壮年の方も、「ぐるっとまわったら30分もかかるんでないかい運んであげるよ」と言いました。
手押し車には重いバッグが積んでありました。
私は、バッグを持って壮年の方は手押し車を持ちました。
ところがおばあちゃんが言うんです。「わだし、やっぱり東口から帰る、だって手押し車ないと歩けないんだ、いつもそうしているから」って言うんです。
私は、バッグを持って階段の半分ぐらい上った所でした。...
そこで私は、とてもうれしい光景を目にしたのです。
一人の女子高校生がおばあちゃんの手をとって一緒に上ってきてくれたのです。
私は、バッグを持って西口の降り口で待っていました。
その女子高校生は最後までおばあちゃんに付き添って連れて来てくれました。
おばあちゃんが言いました。「なんだって、親切な人達っているもんだな!私、80歳になるんだけどうれしいな!ほんとにありがとうな」って。
壮年の方の持ってきてくれた手押し車に私が運んだバッグを載せて、女子高校生がおばあちゃんの手押し車にバトンタッチさせた時、何だかとてもいい気分になりました。
私は女子高校生に思わず言ってしまいました。「あなたは、きっといいお嫁さんになるね!」って。
その女子高校生はニッコリほほ笑んで、立ち去ろうとした時です。
おばあちゃんが「あんだ達 本当にいい人だちだっちゃね、ちょっと待て、ほれ、笹かまぼこけっから!」と言って手押し車のバッグから出そうとするんです。
私達は笑いながら「おばあちゃん気持だけいただくから、今度また会おうね!」と言って手を振って別れました。
なんだかとてもさわやかな気分になりました。
契約駐車場に停めてあった車を走らせながらわが家に向かう時に見た夕日がとてもきれいに見えました。
女子高校生にも、壮年の方にも、そして、おばあちゃんにも、私は、 「ありがとう!」って言いたくなりました。
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| 2007年9月4日(火) |
| 一つ |
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あっという間に9月になってしまった。
もう、3分の2が過ぎてしまった。時間がたつのが早すぎると感じる毎日です。
坂村眞民さんの詩を読んで、ふと、立ち止まって深呼吸する事ができた。一つと言う詩である。
一つ
一つの 光を みつめて行くのだ
一つの 道を たずねて歩くのだ
一つの ことを つづけて 進むのだ
他を求めようとせず ただ一つを目ざし
それを深め 極めるのだ
なんて、素敵な詩なんだろう!と思う。
物事にじっくりと取り組める秋を迎えて一つの事に集中してそれを深め極めていけたらいいな!と思う。
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| 2007年8月12日(日) |
| うれしいお客様 |
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今日はとてもうれしいお客様がわが家に訪ねてくれた。
私が、岩手に住んでいたときに公私共にお世話になった、大きな養鶏農場の経営者的立場のNさんご夫婦である。
お盆のお忙しい時期にお二人で訪問していただいたのである。
ついこの間まで過した岩手での様々な楽しい思い出話に花が咲き、充実のひと時を過す事ができた。
にこやかなご夫婦が帰られた後、もてなしをさせて頂いた妻と私はとても、心豊かな思いをさせていただきました。
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| 2007年8月12日(日) |
| 次男の友達 |
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お盆に入りました。
今年は、とりわけ暑さがきびしくうだるような毎日が続いているが、わが家にさわやかな青年達が遊びに来た。
次男の高校の友達6人だ。テニスの部活で真っ黒に日焼けした顔で名取のわが家まで自転車で集合して、楽しく過しました。
青春時代を友人と過したひとときは思い出に残るのではないかと思う。
写真はわが家の庭でバーベキューを楽しんでいる I 高校2年のテニス部の仲間達である。
子供たちもうれしそうだけど親としてもとてもうれしく思う。
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| 2007年7月30日(月) |
| トラブルコールがラブコールに変身 |
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友人が最近仕事上のトラブルコールの対応に追われていると言うメールが入った。
私はこのトラブルから2文字を取る事をひらめいた。
何を取るかと言うと、「トル」を取るのです。
そうすると、「トラブルコール」が、なんと「ラブコール」に変ったではありませんか?!
私達のまわりにはいつもトラブルに巻き込まれる事が多く発生します。
対応の仕方によっては「トラブルコール」も 「ラブコール」に変身する事もあるのではないかと思いました。
人様からラブコールを送って頂けるような、そんな自分になれたらいいな!と思ったひとときでした。
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| 2007年7月1日(日) |
| 今日から7月 |
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7月に突入した。天気が良くてとても気持ちの良い日曜日です。
小さなアトリエもちょっぴり夏の雰囲気にレイアウトを変えてみた。
前面に金魚ちゃん達がクローズアップしてきました。
たちまち、子供の頃にお祭りで楽しんだ金魚すくいの事が思い出された。
四季のある日本に住む事が出来る幸せを感じたひとときであった。
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| 2007年6月14日(木) |
| しあわせを入れる箱 |
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岩手県から引越してから早いもので2ヵ月半が経った。
岩手県では、大きな鶏卵農場さんとのお付き合いをさせて頂いたお陰で常に、たまごがたくさん私のもとにあふれていた。
宮城に来てからは、知人がたまごの作品を入れる様々な大きさの箱を持って来てくれてとても助かっている。たまごの殻と同じで家庭では不要になった箱も、私にとっては貴重な物になる。
この箱には、「ふくろう」や「招き猫」などの縁起物の作品が入り、しあわせを運ぶのを手伝ってくれるのだ。だから、私はこの頂いた箱達を、「しあわせを入れる箱」と呼ぶことにしている。
そして 「しあわせを箱ぶ」と言う事にもなるのだと思う。
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| 2007年5月27日(日) |
| ようやく整備出来ました。 |
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春の様々なスケジュールに忙殺されて、じっくり作品を作る暇が最近あまりありませんでした。引越しの荷物もアトリエの中にただ突っ込んでいた状態でしたがここに来てようやく部屋も整備され制作の環境が整いました。
6畳しかない狭いアトリエに箪笥を3つも入れて、真ん中にたまご型のテーブルを置いただけでもう、ぎっしりの状況になってしまった。それでもようやく、作品の制作に取り組む事が出来た。
となりは畑になっていて木々を飛び交う小鳥たちのさえずりを聞きながら時が過ぎて行く時、 ふと、幸せを感じます。
私の夢、いつか大きなアトリエを作って、制作ルーム、展示ルーム、お客さんと談笑する部屋などを作りたい。
きっと作る! いや、 必ず作る! いつになく気合の入った日曜日のひとときでした。
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| 2007年5月18日(金) |
| 愛の島の夜明け |
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朝、4時40分に起きた。我が家の窓から今、まさに太陽が昇ろうとしていた。あまりにも美しい光景だったので思わずシャッターをきった。
私の住んでいる場所は、「愛島」と書いて、めでしまと読む。
ふと、目の前の団地を見ると、「愛の杜」の看板が見える。
愛に囲まれた場所で、今日一日も何かいい事が始まる予感がする。
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| 2007年3月30日(金) |
| 出会いと別れ |
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盛岡でたくさんの出会いがあった。その中でも特に大きな出会いの一つに岩手ファームさんとの出会いであったと思う。
思えば、今から3年前、岩手警察署の玄関ににえっぐのひな人形を飾らせていただいたのがきっかけで、岩手日報の新聞に載せて頂いた。その記事を読んだ岩手ファームさんの高山氏がわざわざ警察署に出向き署長さんから私の電話番号を聞き私に連絡を頂いたのがお付き合いの始まりであった。
岩手県はもとより、日本でも屈指の養鶏農場としてなんと、130万羽の鶏を飼っているそのスケールの大きさにまず圧倒させられる。
たまごつながりで今日まで密度の濃いお付き合いをさせて頂いた事本当に心から感謝したいと思う。
写真は、岩手ファームさんの方々から送別会を開いていただいた時のひとこまです。
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| 2007年3月25日(日) |
| 仲間達 |
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私の転勤が決まったとたん、仲間達がたくさん集まってくれて送別会を開いてくれた。
6年前、盛岡に単身赴任として住み始めた頃は一人も知り合いがいなかった。
今、こうして盛岡を離れるにあたって23名の仲間達が集まってくれた。
警察署長さんもいれば、行政書士さんもいれば、新聞社の局長さんもいる。
何よりも、ハートのあったかい人たちばかりで、私は盛岡でこんなすばらしい人たちとめぐり会えた事が何よりの財産だと思う。
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2007年3月24日(土)
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| 二度泣き橋 |
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6年間過ごした盛岡を離れる事になった。
今度の会社の人事異動で、家族のいる宮城県名取市に帰る事になったのだ。盛岡の象徴である「開運橋」が「二度泣き橋」と呼ばれている事を最近知った。
そのいわれは首都圏などから転勤で訪れた人はまず、開運橋で立ち止まり「なんでこんな寒くしかも遠い所に来てしまったんだろう?」と一度泣き、その何年か後に、再び盛岡を離れる時に「人情の深さや、自然が豊かで、文化の高いこの盛岡から離れたくない、と二度目を泣く」と言う事だそうです。
私の今の心境はまさに「二度泣き橋」そのものだなあと思いました。
盛岡のすばらしい自然、文化、そしてあたたかい人柄、どれも忘れられない思い出のひとこまひとこまであると思う。
特に人情の深さは人一倍感じ取った私でありました。盛岡の私にかかわったみなさん本当にありがとうございました。私は、盛岡で過ごした日々を一生忘れません。
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| 2007年2月24日(土) |
| 誕生日おめでとう! |
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長女へ 誕生日おめでとう!
いつも、自分の意思で、前に進んでいる長女へ、お父さんはとても、頼もしく思っている。オーストラリアに1年間ワーキングホリデーで過ごした時も、帰ってきてから自分の好きなツアーコンダクターをしながらゆくゆくは海外を目指して仕事頑張っているのも、全部自分で決めて、生活している事など、すごいなと思う。
この間、今までのうちで一番楽しかったのは何歳の頃だった?って聞いたら「それは今だよ、今を大切に生きているから...」なんてずいぶんとかっこいい事を言っていたね。
休日には、図書館や美術館に行ったり、大道芸を見たり、本当に充実した生き方をしていると思う。友人にジャズ喫茶に連れて行ってもらって誕生日祝いをして頂いたそうだが、その時ジャズで「ハッピーバースデー」の曲が流れてきて粋な計らいをしてくれる友達にも恵まれているんだと知って、電話口で涙が出てしまった。
これからも、健康に注意して、周りに恵まれている事への感謝を忘れないで、素敵な女性になって欲しい。
父より
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| 2007年2月11日(日) |
| エールを込めて |
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岩手県立図書館に行って来た。
どこの席も受験生と思われる若者達でいっぱいであった。
この季節、最後の追い込みに一生懸命頑張っている受験生達に「頑張って!」とエールを送りたい気持ちでいっぱいであった。
目標に向かって進む姿に、「必勝」 「祈合格」の思いを込めてたまごだるまを作ってみた。
私の身の回りに存在する受験生達にプレゼントしたいと思う。
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| 2007年1月28日(日) |
| バレンタインデーに思う |
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1月もあっという間に過ぎようとしている。
2月の声を聞くと、バレンタインデーの時期がまた今年もやってきたんだなと感じる。デパートやスーパーやコンビニの店頭には所狭しとたくさんのチョコレートが並んでいる。
昨年作ったかえるちゃんの「愛がよみがえる」を、ハート型の容器に入れてみた。これが思いがけなくほのぼのとかわいく収まって、思わずにっこりしてしまった。
うずらのたまごで作ったかえるちゃんのペアは、つつましやかに寄り添っている感じなのでつい「愛がちょっぴりよみがえる」と言う名前をつけた。チョコレートは食べてしまえば愛もその場で消えてしまうけれど、かえるちゃんのプレゼントは年中、愛がよみがえるように見張ってくれるのではないかと思う。
自分の身近な人、大切な人そして、これから出会う人にもいつでも「愛」のエネルギーをちょっぴりでも送れる自分でありたいな、と思うきょうこの頃です。
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| 2007年1月10日(水) |
| テレビ都南さんの取材を受けて |
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テレビ都南さんの取材を受けた。 赤松さんと、岩田さんのお二人が私の狭いアパートの一室に来て頂いてじっくり作品を撮ってくれた。
私の会社の仕事が終ってからの取材だったので夜7時過ぎから10時過ぎまでかかっての取材であったがとても楽しく終える事が出来た。
赤松さんと岩田さんの誠実な人柄がそうさせるのだと思うが、自然体にありのままの自分を出す事が出来た気がする。
マスコミの方に取材を受けるたびにいつも思う。私のささやかな趣味の世界をクローズアップして頂き世に広めていただく事、なんてありがたい事なんだろう!って。
これからも、頂く取材は喜んで受けさせていただいて少しでも世の中のお役に立てればと思う。
テレビ都南さん、遅くまでお疲れ様でした。そしてありがとうございました。
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| 2006年11月26日(日) |
| なまたまごがオムレツに変身 |
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来年の干支の作品を作るのにたまごの殻が足りなくなってしまった。
中身を10個分抜いて、タッパに入れて、近所のいつもお世話になっている
Nさん宅に食べていただく事にした。
あいにく、ご主人も奥さんも出かけていて留守であったが、中学2年生の娘
さんに食べてくださいと置いて来た。ついでに干支もプレゼントさせて頂いた。
夕方、大相撲を見ながら晩酌していたら、ピンポーンのチャイムが鳴った。
ドアを開けるとNさんのご主人と娘さんが立っており、手にはオムレツを持っていた。
そして、「克三」と言う名前がケチャップで書かれているではないか!
感動しながらいただいた事は言うまでもない。盛岡で単身赴任の私がこんなに
楽しく、元気に暮らしているのは、こんな素敵な思いやりのある方々に恵まれている
お陰だとつくづく思ったひとときであった。
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| 2006年11月19日(日) |
| 94歳のおばあちゃんと |
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盛岡市内のホテルで「収穫祭」というイベントに出席した。仲間のO企画の主催のイベントで、フランス料理とボジョレーヌーボーを楽しみ、岩手を代表する打楽器奏者板垣アヤコさんと、ピアノの佐藤司美子さんの奏でるすばらしい演奏会に酔いしれながら最後の抽選会にさしかかりました。
私にも、当たりました。当選内容を見て、びっくり!なんと、「えっぐクラフト」...。自分の提供させていただいた賞品が自分に当たってしまったのだ。
すかさず、私は、マイクをお借りし、11月18日に一番近い誕生日の方にプレゼントさせていただく事にしたが、なんと、参加者の中に94歳になるおばあちゃんがいたのだ。
本当にうれしかった。ピアノ演奏者の佐藤司美子さんのおばあちゃんだそうだが、本当におばあちゃんにとっても、私にとってもとてもいい思い出になったのではないかと思う。
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| 2006年11月14日(火) |
| ツキを呼ぶ生き方 |
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久しぶりに日記を書いてみた。
先日読んだ本の中で「ツキを呼ぶ生き方」と言うのが書いてあった。
神様は、「そ わ か」を実践している人が大好きで、「そ わ か」を実践している人の見方になってくれるのだそうだ。
「そ わ か」って何だ?...読み進めていくと 「そ」 は 掃除
「わ」 は 笑い 「か」 は 感謝 だそうである。
さっそく、日曜日(12日)めったにやらないアパートの拭き掃除をしてみた。
なんか、とてもすっきりとした気持ちになった。
これからも、「そ わ か」を忘れずに生活して行こうと思う。
写真は幸福をいっぱい積んできた七福神の最新作です。
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| 2006年9月13日(水) |
| 感激 |
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花巻市で昼食をとるためレストラン「四季」さんと言うところに惹かれるように立ち寄った。初めて、入った店であったが庭にはたくさんの秋の花々が咲いていてとても雰囲気の良いレストランであった。ランチを食べて会計を済まそうとしたらレジになんと、私のえっぐクラフトが飾っているではありませんか?「これ、どうしたんですか?」と聞いたら親しい人からのおみやげで頂いたとのお話でした。私は、思わず、「これ、私が作っているんですよ!」って言ってしまった。思わず、このお店とのご縁を感じてしまった私でありました。今後、このお店とのお付き合いが始まる予感がします。
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| 2006年8月16日(水) |
| おふくろの味 |
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お盆が来るたびに思い出すことは、おふくろの味である。
私は子供の頃虚弱体質で何を食べてもすぐおなかをこわすというとてもひ弱な少年でした、
食べ物の好き嫌いが多く、やせ細っていました。
そんな私が、一つだけ大好物があったのです。それは、母が作るさばの水煮と木綿豆腐をまぶして油でいためて、それにあんをかけた単純な料理でしたが私は、これを食べると不思議とお腹をこわすこともなく、何杯もご飯をお変わりして食べられたのです。なんという料理か知りませんがいわば、「あんかけさばどうふいため」とでも言うのでしょうか?
私が社会人になって、お盆に帰省するたびに母は私の好物を知っているものですから、必ず、この「あんかけさばどうふいため」を作って出してくれました。私はそのたびになつかしさと、これで、勇気を出す事ができたんだと思い、母に感謝したものでした。
やがて、母はこの世を旅立って行き、もう、おふくろに味は食べられないと思っていました。
ところが、会社から疲れて帰ったある日の食卓に、あのなつかしい「あんかけさばどうふいため」が出ているではありませんか?「これどうしたの?」と聞くと「生前お母さんがお盆に帰った時に、これ克三の好物なんだ」と言って作り方を教えてくれたと言うのです。
妻のそれは、おふくろの味とはちょっぴり違うけれど、母が、妻に伝えてくれていたんだと言う事に、うれしさがこみ上げてきました。
今年のお盆も、亡き父や母や、先祖の皆様に心から、手を合わせて感謝したいと思います。ちなみに私は18日から遅いお盆休みに入ります。
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| 2006年8月2日(水) |
| 感謝 |
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「サタデーまねきねこ」に出演させていただいて、生放送だったので、夢中でトークをしたため、自分はどんな事をしゃべったか覚えていない所もあり収録されたテープがあればいいな、と思っていました。
ある知人の息子さん(中学生)が事前に私が出演する事をわかっていて、ちゃんとカセットテープに録音してくれて、ダビングしてくれていたのです。しかも、その中学生のお母さんが、テープの始めに解説を加えて吹き込んでいてくださって私に持ってきてくれました。お陰で、自分のトークをばっちり聴く事ができました。神山アナウンサーが最後のほうで、たまごの丸みが何とも言えない事、親しみがあることなどをお話したときに、私がおもわず口にした事は、「そうなんですよね、ですから私はにわとりさんに感謝しているんです。すでに完成された作品に私は書かせていただいているのですから」 でした。
神山アナウンサーが言いました。「なんと謙虚な…」
生放送の本番でこんな言葉が出せた事、日ごろ思っていることってこんな場面でも出るんだな、と思いました。
人にも、物にも、自分をとりまくまわりのお陰さまで生かされていることを思う時、...すべてに感謝だなあと思ったひとときでありました。
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| 2006年7月29日(土) |
| 女性アナウンサーの名前間違えました。 |
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先ほどの日記で神山アナウンサーとペアを組んで「サタデーまねきねこ」の番組を盛り上げているアシスタントの女性アナウンサーの名前を間違えて日記を書いてしまいました。
「ゆずりん」こと、平野禅里(ひらのゆずり)さんと言うのだそうです。ごめんなさいね。ゆずりんさん。神山アナウンサーとのコンビでますます楽しく面白い番組を作っていってください。スタッフの皆さんにも、今日は出演させていただきありがとうございました。
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| 2006年7月29日(土) |
| IBCラジオに生出演させていただく |
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IBCラジオの人気アナウンサー 神山浩樹さんの「サタデーまねきねこ」と言う番組にお招きをいただき生出演させていただきました。神山アナウンサーの絶妙で軽快な話術に乗せられて、私も、えっぐへの思いや、作り方、きっかけなどをトークさせて頂いた。ミズりんこと、広田アナウンサーのかわいいアシスタントで会話が楽しく本番とは言え、思ったより緊張せずお話しすることが出来ました。さすがプロだなあと感じさせられたひとときでした。お陰さまでまた一つ思い出のアルバムにページを加える事が出来ました。
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| 2006年7月16日(日) |
| かるがもちゃん |
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朝、早く車を走らせていて、道路の前を横切る1羽のかるがもさんと出会った。
どうして1羽だけで歩いているのかな?私と同じ単身赴任のかるがもさんなのかな?
それとも、夫婦げんかして、家を出てきてしまったのかな?と色々考えながらゆっくり車を走らせ
眺めていたら、かるがもさんは、たちまち草むらの中に入っていなくなってしまいました。
家族のもとへいったんだろうな?と思い、かるがもちゃんにはやっぱり一家ぞろぞろとおそろいが似合うよなと思いながら、ふと、思いました。そうだ!今度、かるがもちゃんにトライしてみよう!さっそく作って完成させた。ほのぼの家族が出来上がり、思わず一人ほくそ笑んでしまった。
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| 2006年6月19日(月) |
| 仲間 |
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オーネットの会の総会が行われた。「ホテルしずくいし」さんに18名の仲間が集まって熱い夜を過ごしました。起業家を目指している仲間、創業間もない仲間たち、とにかくテンションが高いんです。総会が終わった後、宴会で語り、笑い、歌い、こころゆくまで、明け方まで密度の濃いひとときを過ごした。
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| 2006年6月12日(月) |
| えっぐクラフト教室イン船岡 |
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6月10日(土)、仙台の老舗、「阿部のかまぼこ店」さん主催の「えっぐクラフト教室」にお招きいただいて久しぶりに汗をかきました。
30代から60代ぐらいの主婦の方が約30名ほど参加されて、とても熱気のある教室になりました。午前10時から12時までの2時間であったがみなさん、それぞれ熱心に取り組んで、楽しく過ごせたひとときだったのではないかと思う。作品は、思いつくまま風景や、ペコちゃん人形や、楽しく愉快なものが多く教室を開かせていただくたびに私自身が勉強になる事が多いと思う。
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| 2006年5月24日(水) |
| 長女からの電話 |
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東京でツアーコンダクターの仕事をしている長女から久しぶりに電話があった。
元気な明るい声を聞いた時、とてもうれしくなった。
長女は、2年前、オーストラリアでワーキングホリデイとして1年間留学して様々な体験をして帰国し、自分の好きな道に進んで現在に至っているのだが、夢と目的をきちんと描いて歩んでいる事にうれしく思う。今は国内の仕事であるが近い将来は海外のツアーコンダクターとして仕事をしたいと考えている。
その夢も果たせそうな所まで来ているような感じである。
休みの日には、図書館に行っていっぱい本を読んで自己啓発に努めている事も、うれしい。
おもわず、わが娘ながら褒めてやったら彼女いわく、「だってお父さんの娘だもん、あたりまえでしょ!」
目じりが下がりっぱなしの親ばかの私でありました。
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| 2006年5月20日(土) |
| かたつむり |
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かたつむりを作ってみた。
毎日いやな事件が報道されている中で、どうしてこんなに悲しい出来事が次から次へと起きてくるのかといたたまれなくなる。
でんでん虫のようにもっと、のんびりゆったり生きる事が出来たらいいのにと思うきようこのごろです。
ふと、永禄輔さんの「生きているということは」の詩を思いだした。
「生きているということは」
生きているということは 誰かに借りをつくること
生きているということは その借りを返していくこと
誰かに借りたら 誰かに返そう
誰かにそうしてもらったように 誰かにそうしてあげよう
生きていくということは 誰かと手をつなぐ事
つないだ手のぬくもりを 忘れないでいる事
めぐりあい 愛し合い やがて別れの日
そのときに悔やまないように 今日をあしたを生きよう
人は 一人では生きてゆけない
誰も 一人では 歩いていけない
この詩のように まわりのおかげさまで生かされている
自分に感謝して毎日を過ごしたいと思う。
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| 2006年5月14日(日) |
| あじさいの季節 |
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5月も中旬に入った。鯉のぼりの季節もあっという間に終わり、今度はやがて、あじさいの季節がそこまでやって来ている感じがする今日この頃です。あじさいには何のたまごの作品が似合うかな?と思った時、すぐ思い浮かべたのが「かたつむり」であった。
でも、たまごの作品に表すとしたら、演技の良い、「かえる」も似合うかもしれないと思って、かえるの親子を作ってみた。結構愛嬌があって楽しい作品に出来上がった気がする。
「かえる」は、無事帰る、とか、若返るとか | | |